子供の頃、従弟が買って来たホワイトアルバムをはじめて聴いた。当時ウチには叔母の部屋(同居してるんだ)にしかまともなレコードプレイヤーが無かったので、そこで夕方から聴きはじめた。二人で夢中で聴いているうちに薄暗くなって来るのだけど、レコードに夢中で電気をつけるのを忘れている。そんなタイミングでこの曲を聴いたのが最初だった。 小学生〜中学生くらいのガキにはただでさえ敷居の高いこの曲。それをそんなシチュエーションで。もう俺と従弟の印象の中にはただひたすら「怖い曲」として残ってしまった。コレはもう完全にトラウマ。払拭出来たのは22歳頃じゃなかっただろうか。
その頃試しに研究心(当時音楽学校で知り合った仲間の影響もあり)で、馬鹿なりに分析する様な耳で聴いていたら徐々に面白くなって来た。ジョージの声も入ってることに気付いたのもこの頃だったかな。
その後も香月利一の本で「全歌詞」が掲載されては再確認、マーク・ルーイスンの本を読みながら再確認、など、まあコレを聴くのはやっぱり「研究」的な要素が強かった。
最近は意外に「音楽」として聴いている。不快だったエイフェックス・ツインのシングルや、スプーキー・トゥース&ピエール・アンリのアルバムなんかに比べれば遥かに聴きやすく、ある意味ポップでさえある実験音楽だということに気付いたからだ。「実験音楽」って言葉に酔っちゃってるレベルだよね。ちょっと微笑ましい。でもその分聴きやすい(比較レベルでね)。
ところで何故か「レヴォリューション・ナンバーナイン」って呼ぶ人が多いけど「レヴォリューション・ナイン」だからな。
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